危険運転致死傷罪の適用について

危険運転致死傷罪の適用について

2023年11月6日 【 お知らせ

 最近、大分県で時速194㎞の高速走行中に発生した交通事故に関して危険運転致死傷罪の適用が話題になっています。

 危険運転致死傷罪は、平成13年の刑法一部改正で新設されたものであり、最高で懲役20年が科される可能性があります。

 それまでは、交通事故では、人を死傷させても、ドライバーに懲役3年以上を科すのはわずかでした。悪質な事故に対する特別な刑罰はなく、不注意な運転行為によるものとして刑法の業務上過失致傷罪(上限は懲役5年)を適用していました。

 平成11年、東京都の東名高速道路で飲酒運転の大型トラックに追突された乗用車が炎上し、閉じ込められた3歳と1歳の女の子が亡くなるという痛ましい事故が起こりました。

 トラックの運転手は業務上過失致死傷と道交法違反の罪に問われ、懲役4年となりました。悪質な交通犯罪に遺族たちの訴えに賛同が広がり、37万人の署名が法務省に提出されました。平成13年、姉妹の命日に刑法に新設されたのが「危険運転致死傷罪」です。

刑罰の上限は、人を暴行してけがをさせる傷害罪(懲役15年)や死亡させる傷害致死罪(懲役20年)と同等に設定されました。それまでの規定から一気に何倍にも刑罰が重くなりました。

 法律を作る際の国会の審議の議事録では、特に時間を割かれたのは、「制御困難な高速度」の捉え方でした。「際限なく適用されれば大変なことになる」といった主張がありました。

 メディアなどの論調は、「市民感覚」をさかんに訴えています。

 しかし、日本は法治国家であり、憲法31条で「何人も法律に定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定されており、これから罪刑法定主義が帰結されます。これは、ある行為を犯罪として処罰するためには、国会が制定する法令において、犯罪とされる行為の内容及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかねばならいという原則であり、刑事法の根本原則です。感情だけで無制限に重い罪を適用すれば、処罰の公平性を損なって憲法違反にもなりかねません。

 

 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律の第22号の「制御することが困難な高速度」とは、時速何キロをいうのか、誰がどのような基準で判断するのか全くわかりません。

 これでは、検察官が同法により起訴することも困難であり、裁判官が同法により処罰規定を当てはめることも困難です。

 

 平成188月に福岡市で発生した海の中道飲酒運転事故においても、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」(現自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律の第21号が問題となりましたが、法の規定からは、どのような状態であれば、正常な運転が困難な状態かの判断ができません。

 

 平成29年の東名高速道路で夫婦2人が死亡したあおり運転事件は、停止行為を含む悪質・危険なあおり運転の事例として、大きく報道されました。これを受けて、令和2年改正で、停止行為を含む悪質・危険な妨害目的運転を処罰することができるようになりました。

 悪質な行為はその態様が様々で全てを法律で規定することは困難ですが、処罰範囲が不当に拡大することは認められません。

 実務と世論の混乱を招かないように、適宜、法律の規定を改正して明確にするべきだと思います。

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