団藤重光元最高裁判所裁判官のノートについて

団藤重光元最高裁判所裁判官のノートについて

2023年10月6日 【 お知らせ

 最新の話題ではありませんが、司法権の独立に関して非常に気になる問題がありました。

 本年4月19日、刑法学の第一人者であり、東京大学教授や最高裁判所裁判官を務めた団藤重光氏の直筆ノートが寄贈先の龍谷大学から報道陣に公開されました。また、NHKEテレで「誰のための司法か~団藤重光 最高裁・事件ノート」という番組の放送がありました。

 団藤氏のノートは、その内容や記載状況からして極めて信用性が高いと考えられるところ、国民の司法に対する信頼を揺るがす事実が記載されていました。

 

その内容は、飛行機の騒音被害を訴える住民らが国を相手取り、夜間の飛行差止めや損害賠償を求めた「大阪空港公害訴訟事件」に関するものです。同事件は、大阪地方裁判所、大阪高等裁判所がいずれも夜間飛行の差止めと損害賠償を認めたため、国が上告しました。当初、団藤氏が所属する最高裁判所第一小法廷(小法廷は裁判官5人ずつで構成)に配点され、昭和53年5月、弁論を経て一旦は結審し、同年秋にも判決が言い渡される予定でした。しかし、同年7月、大法廷(裁判官15人で構成)に回付(裁判上の手続で事件を移転させること)するように国から上申書が提出されました。その後、同事件は大法廷に回付され、昭和56年年12月、最高裁判所大法廷は、一部の損害賠償のみを認め、差止め請求は却下する判決を下しました。これだけであれば、司法に対する信頼を揺るがす事実はうかがい知ることはできません。

 

 ところが、上記に関し、団藤氏のノートには、第一小法廷裁判長であった岸上康夫判事からの話として、国からの大法廷回付を求める上申書が提出された翌日、岡原昌男最高裁判所長官室にいたときに、「たままた村上元長官から長官室に電話があり、岡原氏が岸上氏に受話器を渡したところ、法務省の意を受けた村上氏が大法廷回付の要望をされた由(この種の介入は怪(け)しからぬことだ)」と記載されていました。ここにいう「村上氏」とは、元最高裁判所長官の村上朝一氏のことで、同氏は法務省民事局長等を歴任した人物でもあります。要するに、元最高裁判所長官といえども、国(行政)側の人物と判断せざるを得ない人物です。

 小法廷の和解の進め方などから、地裁、高裁に続いて敗訴するとみた国は、大法廷に回付させて、結論の逆転を図ろうとしたものと思われます。

 結局、第一小法廷は、大法廷への回付を決定し、昭和56年12月16日に大法廷判決がでました。

大法廷判決は、高等裁判所判決を取り消して、飛行差止めは不適法であるとして却下し、損害賠償の一部のみ認めました。上告から判決まで6年、大法廷回付から3年余りかけており、その間の5人の裁判官が交代し、判決時において、差止請求権を認める裁判官は、団藤裁判官を含めて4人で少数意見となりました。この判決は、最高裁判所ホームページの裁判例検索で確認できます。団藤裁判官の反対意見は32頁から39頁に記載されています。 

 団藤裁判官は、反対意見の中で「わたくしは、本件のような差止請求について、およそ裁判所の救済を求める途をふさいでしまうことに対しては、国民に裁判所の裁判を受ける権利を保障している憲法三二条の精神からいって疑問を持つ者であり、現行法の解釈として、このような結論(多数意見のこと)をとるのは、すべての可能性を検討した上の最後のやむをえないこととしてあるべきだとおもう。いな、百歩譲って、かりに行政訴訟の途がないとはいえないとしても、本件のように被上告人らが民事訴訟の途を選んで訴求して来ている以上、その適法性をなるべく肯定する方向にむかって、解釈上、できるだけの考慮をするのが本来ではないかとおもう。これは、前述のようなわたくしの基本的立場のしからしめるところである。」と述べています。 

 日本国憲法第76条は、「裁判官は、その良心に従い独立して職権を行い、この憲法及び法律のみに拘束される。」と定め、司法権の独立を保障し、司法権以外の権力である行政府からの介入はもとより、当該裁判体以外の裁判官等の介入も許さないものです。

 既に退官していたとはいえ、元最高裁判所長官が「法務省側の意を受け」、同事件を担当する現職裁判長に対し、大法廷への回付を求めたことが事実であるとすれば、トップである最高裁判所内部から、憲法76条による司法権の独立を揺るがし、裁判の公正に対する国民の信頼を損ねるものとなります。

 最高裁人事への介入問題、検察庁法改正を巡る問題など、司法権の独立に対する問題がつきません。 

 団藤氏のノートの公表を機に、司法権の独立、裁判官の独立を再確認し、独立が保障されることによって初めて裁判の公正に対する国民の信頼が得られることを改めて確認する必要があります。

 

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